【複合機業界ニュース】ブラザー工業の20年3月期決算は減収減益
ブラザー工業が11日発表した2020年3月期の連結決算(国際会計基準)は、純利益が前の期比8%減の495億円だった。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う在宅勤務の広がりで、主力の通信・プリンティング機器は堅調だったが、工作機械や工業用ミシンの販売が落ち込んだ。
売上高に相当する売上収益は7%減の6372億円、営業利益は6%減の673億円だった。景気の先行き不透明感から取引先企業で設備投資を先送りする動きが相次いでいる。工作機械は自動車や一般機械向けがアジアで不振だったほか、IT向けも急減した。
新型コロナによる経済への影響が不透明なため、21年3月期の業績や配当予想は開示しなかった。
ニュースを解説!3つのポイント
この報道から読み取れるポイントは、以下の3点に集約されます。それぞれのポイントを独自の視点で読み解きながら解説しましょう。
報道のポイントは・・・
- 在宅ワークにより通信・プリンティング機器は堅調
- 工作機械や工業用ミシンの販売が落ち込んだ
- 新型コロナウィルスの影響はこれから
プリンタが堅調?
ここ最近、新型コロナウィルスの影響もあり、各社が厳しい決算を発表していますが、ブラザーにおいては、わずかな減収減益で留まるなど、比較的盤石な経営状況であることを覗かせました。また、コピー機メーカー各社は「在宅勤務の広がりなどからカウンター料金の落ち込み」を経験していますが、ブラザーは真逆で堅調となっています。
現在のブラザーの事業比率は、概ね以下のグラフ通りで、6割近くを「プリンター・複合機(「P&S事業」)」が占めています。
出典:ブラザー(2018年度実績)
リコーやコニカミノルタなどのコピー機メーカーも、プリント関連に占める事業比率が上記のように高く、赤字決算を発表しています。しかし、ブラザーは売上収益と利益共に「微減」で抑えられています。
なぜ、コピー機各社と異なる状況になったのでしょうか?
具体的な数字を見ていきましょう。以下が、同社の17年度(FY17)から最新の19年度(FY19)をまとめた資料です。
ブラザー決算資料合算(百万円) |
FY17 | FY18 | FY19 | 事業構成比率 | ||||
通信・プリンティング | 売上収益 | 364,903 | 353,120 | -3.2% | 341,698 | -3.2% | 53.60% | |
電子文具 | 売上収益 | 47,262 | 49,916 | 5.6% | 48,988 | -1.9% | 7.70% | |
P&S事業 (プリンティング&ソリューション) |
売上収益 | 412,165 | 403,036 | -2.2% | 390,687 | -3.1% | 61.31% | |
セグメント利益 | 52,890 | 52,181 | -1.3% | 57,105 | 9.4% | |||
営業利益 | 47,353 | 52,903 | 11.7% | 57,080 | 7.9% | |||
P&H事業 (パーソナル&ホーム) |
売上収益 | 44,466 | 45,445 | 2.2% | 40,864 | -10.1% | 6.41% | |
セグメント利益 | 1,981 | 4,037 | 103.8% | 3,129 | -22.5% | |||
営業利益 | 1,051 | 4,028 | 283.3% | 3,174 | -21.2% | |||
工業用ミシン | 売上収益 | 31,094 | 32,626 | 4.9% | 27,648 | -15.3% | 4.30% | |
産業機器 | 売上収益 | 76,018 | 51,768 | -31.9% | 29,823 | -42.4% | 4.70% | |
工業用部品 | 売上収益 | 20,186 | 19,735 | -2.2% | 17,342 | -12.1% | 2.70% | |
マシナリー事業 | 売上収益 | 127,299 | 104,130 | -18.2% | 74,814 | -28.2% | 11.74% | |
セグメント利益 | 14,426 | 9,753 | -32.4% | 694 | -92.9% | |||
営業利益 | 14,131 | 9,910 | -29.9% | 612 | -93.8% | |||
N&C事業 (ネットワーク&コンテンツ) |
売上収益 | 49,052 | 47,926 | -2.3% | 49,108 | 2.5% | 7.71% | |
セグメント利益 | 2,663 | 1,778 | -33.2% | 2,087 | 17.4% | |||
営業利益 | 1,343 | 1,593 | 18.6% | 1,864 | 17.0% | |||
ドミノ事業 (ドミノプリンティングサイエンス) |
売上収益 | 68,390 | 71,234 | 4.2% | 67,537 | -5.2% | 10.60% | |
セグメント利益 | 4,640 | 3,948 | -14.9% | 3,786 | -4.1% | |||
営業利益 | 3,998 | 2,864 | -28.4% | 3,918 | 36.8% | |||
その他事業 | 売上収益 | 11,623 | 12,198 | 4.9% | 14,247 | 16.8% | 2.24% | |
セグメント利益 | 736 | 436 | -40.8% | 397 | -8.9% | |||
営業利益 | 901 | 786 | -12.8% | 936 | 19.1% | |||
合計 | 売上収益 | 712,995 | 683,969 | -4.1% | 637,257 | -6.8% | 100% | |
セグメント利益 | 77,336 | 72,133 | -6.7% | 67,198 | -6.8% | |||
営業利益 | 68,777 | 72,084 | 4.8% | 67,584 | -6.2% | |||
出典:ブラザー事業別セグメント情報最新版より合算 |
上記のとおり、ブラザーのセグメントは全6種あり、家庭用プリンターを含む「P&S」を始め、工業用ミシンの「マシナリー事業」が大きな収益の柱となっています。また、大型M&Aとして、2015年に注目を集めた英国産業用プリンターの「ドミノプリンティングサイエンス社(「ドミノ事業」)」も保有事業としてあります。
報道では「在宅勤務の広がりで、主力の通信・プリンティング機器は堅調」とありますが、少し補足すると、ブラザーも機器本体の販売数は落ち込んでおり、その結果、売上収益は下がっています。しかし、プリンター用のインク等、消耗品の販売数が増えたことによって利益はプラスになっています。
プリンター事業は「消耗品ビジネス」と呼ばれており、機器本体の販売単価は比較的高く、売上高を上昇させます。しかし、製造原価とほぼ同等、またはそれ以下の価格で本体を販売しているため利益は出ない(または赤字)という特徴を持っています。
その本体の収益構造を補うのがインクやトナーなどの消耗品です。
これら消耗品の販売単価自体は低く、売上高に貢献はしません。しかし製造原価自体がとても安いため、売れれば売れるほど利益が増えます。これが、プリンター事業のビジネスモデルです。
さて、コピー機各社は、コロナの影響によって収益が悪化していることは周知の事実ですが、ブラザーが利益を上げることができたのは何故でしょうか。
それは、コピー機メーカーとプリンターメーカーでは「ターゲット」が違うことが大きいと言えます。
コピー機器は通常、オフィスに設置しますが、家庭用プリンターは基本的に自宅へ設置します。そのため、コピー機メーカーは外出自粛やリモートオフィスのマイナス影響を受け、プリンターメーカーはリモートオフィスのプラス影響を受けました。
一般向けプリンターの販売比率が高いブラザーは、コロナ禍によるリモートオフィスの浸透によって、家庭での印刷が増え、消耗品の販売が促進した結果、利益が10%近くも上昇したものと推察されます。
工作機器、工業用ミシンの落ち込み?
次に前年対比で▲90%以上の減益となった「マシナリー事業」ですが、こちらも記事にある通り、工業用ミシンや自動車向け部品の売上減が大きく関係しています。ここで重要なのが、ブラザーのミシンはどこで売れているのか?という事です。参考までに、ブラザーの海外事業比率を見てみましょう。
出典:ブラザー(2018年度実績)
ブラザーの海外比率は8割超と、日系企業の中でも一際目立った『グローバル化戦略』を取っています。
創業事業であるミシンは現状、被服産業が盛んな中国を含むアジア圏での販売を多数占めているため、コロナによる都市のロックダウンや感染症拡大による工場休業などのマイナス影響を大きく受けたものと推測されます。
コロナの影響はこれから?
今回の決算発表に伴い、ブラザーは「新型コロナによる経済への影響が不透明なため」とし、通期業績予想と次期配当予想などの発表を控えました。これは先述の「海外事業比率」の大きさと、国際会計基準「IFRS」を採用していることに関係していると推察されます。
海外事業比率の大きさ
新型コロナウィルスへの対応(都市のロックダウンなど)は、日本より海外の方が強力かつ実行力があります。そのため、ブラザーのような海外事業比率が高いグローバル企業は、海外動向による外的要因を受けやすく、事業の見通しを立てるのが非常に困難と言えます。
国際会計基準「IFRS」
IFRSを採用している企業は、買収した企業(子会社)の「のれん代」を、損失時発生時に計上する会計手法を用います。仮にコロナ禍の影響が大きく、自社の保有する海外子会社の企業価値が減少すると予測していたとしても、実際に、その差益がどれほど大きくなるか?は不明瞭なため、通期見通しを行うことが困難です。
ブラザーの保有する「ドミノ事業」は、大型M&Aによって取得した英国の企業なので、そのような要素も含んだ結果、通期業績予想を未定としたと考えられます。
コロナ終息後のブラザーはどうなる?
コロナ終息後のブラザーについてですが、それほど大きな心配は見当たりません。理由は主に以下の3点です。
- P&Sの収益性が改善されており、今後もリモートオフィスの浸透により増益が期待できる
- マシナリー事業の工業用ミシンは、ロックダウン解除とともに需要が戻る。また、コロナ禍による副次需要(防護服増産)などにも期待ができる
- N&Cのネットワークコンテンツなど連期15%以上の成長率を持つ事業を保有し、「新しい生活様式」にも関連した事業である
まとめ:ブラザーの現状と今後の展望
今回のニュースから、ブラザーの現状と今後をまとめてみます。
- リモートオフィスなどによりプリンターは堅調に推移
- 一方、工業用ミシンなどは大きく需要減
- 海外比率80%以上のグローバル戦略により、通期業績予想を立てることは困難
- のれん減損を大きく計上する可能性あり
- コロナによって提唱された「新しい生活様式」に合った事業を保有しているため、今後の成長にも期待!